2010年7月3日土曜日

ソフィーの選択(幼いエヴァーと兄のヤン)

前立腺癌(親父の病気)とは縁も脈絡(ゆかり)も無いお話ですが、『せんとくん』のお話の流れに沿って此処『ソフィーの選択』まで漂い流れてきました。底流にあるのは『人の愛と生命』です。
ウイリアム・スタイロンの小説『ソフィーの選択』は1947年。夏。男性2人と3人で同棲生活するダウンタウン・ブルックリンからの書き出しで始まりますが、お話は、その3年前の1944年。有名な『夜と霧』をこえての舞台ポーランドに移ります。実は、このソフィー、人生に於いて常に過酷な選択を迫られて決断と共に生きてきました。父と夫はナチスの誤解から処刑され母は病の病床に臥せ、彼女は子供2人と共々にアウシュビッツに移送される最中、人生の究極の選択と遭遇します。

アウシュビッに立錐したままで移送される列車の中での場面の1節です
『ソフィーは娘エヴァと息子ヤンを片時も離さないようにしていた。エヴァは皮のケース入りのフルートと「ミシ」と名づけた子グマのぬいぐるみをしっかり手に握っていた。「ミシ」は赤ん坊のころからずっとだいじにしていた宝もので、いまはもう片目と片耳がとれてなくなっていた。
外は土砂降りの雨だった。チーズのような嘔吐の悪臭、何より空気が足りない。幼いエヴァが空腹で泣きだしたが、ソフィーにはどうすることもできない。兄のヤンがなんとかなだめていた。
恐怖で気が狂ってしまった老婆がいる。十六歳ぐらいの女子修道会学校の生徒二人が・・・』

ドイツ軍の医者がソフィーに言います。『お前の子供2人の内どちらかを焼却炉に入れるから、差し出しなさい。どちらかはお前が選ぶんだ』

終戦後に収容所から開放されたソフィーにはニューヨーク・ブルックリンでも人生の選択が待ち構えていましたが・・・。お話のエピローグではソフィー自身も最後の選択をします。
私は駄目ですネ・・・ こう言うお話。最後まで書けません。ハイ、またまた涙です。

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